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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)175号 判決 1988年2月24日

原告

プリンストン ポリマー ラボラトリーズ、インコーポレイテツド

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が、昭和61年審判第20862号事件について、昭和62年3月27日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続きの経緯

原告は、昭和60年7月5日(遡及出願日昭和59年7月26日)、名称を「含金属ポリマー混合物及びその製造方法」とする発明につき、特許出願をした(同年特許願146882号)が、昭和61年6月13日に拒絶査定を受けたので、同年10月22日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第20862号事件として審理したが、昭和62年3月27日、「本件審判の請求を却下する。」(出訴期間として90日を附加)との審決をし、その謄本は、同年5月20日、原告に送達された。

二  審決の理由の要点

本願は、昭和61年6月13日付で拒絶査定がされ、その謄本は同年7月23日に本件審判請求人である原告の代理人に送達されたことは、東京中央郵便局の郵便配達証明書によつて明らかである。その拒絶査定に対する審判の請求は、同年10月21日まで(査定の謄本の送達があつた日から30日に職権で延長した60日を加えた期間)にされなければならないところ、本件審判の請求は同年10月22日にされているので、上記法定期間を経過した後の不適法な請求であり、その欠缺は補正することができないものであるから、本件審判の請求は特許法第135条の規定によりこれを却下すべきものとする。

三  審決の取消事由

出願人である原告側には、次のとおり特許法121条2項に規定する審判を請求する者の責に帰すことができない理由が存在する。

(一)  請求の原因第2項記載の拒絶査定の謄本が郵便物として本件特許出願人である原告の代理人弁理士三宅正夫事務所に送達されたのは昭和61年7月23日である。前記弁理士事務所において郵便物の受領事務は同弁理士から雇傭されている事務員が取扱つており、前記謄本を受領したのも前記事務員であつた。ところが、前記事務員はこの謄本を受領すると直ちにこの謄本上に同事務所に備え付けてあるゴム印にて「00T221986」の日付を押捺した。これは前記拒絶査定に対する審判を請求する期間の最終日を「1986年(昭和61年)10月22日」と考えて前記日付を押捺したものである。しかし、前記日付は本来、同年10月21日とすべきであつたところ、これを誤つて同年10月22日としたものである。ところで、同年10月14日、原告のアメリカ合衆国所在の代理人クツシユマン、ダービー、アンド、クツシユマン法律事務所のアルビン・グツタークから、三宅正夫弁理士事務所に対し同年同月8日付書面にて前記拒絶査定に対する審判請求及び明細書の補正の指示があり、また同年同月9日付書面にて出願名義人の変更の指示があつた。一方、同年10月中旬から同月下旬にかけて同弁理士は外国へ出張中であり、その間、拒絶査定に対する審判請求、明細書の補正、出願名義人変更等の実務は、同弁理士事務所に所属する弁理士が担当していたが、右担当弁理士は、補正のための翻訳等のため時間を要するので、審判請求を期限の最終日に行うべく準備するよう事務員に指示した。この指示に基づき、前記事務員は上述の拒絶査定謄本上に押捺してあつた「00T221986」の日付を審判請求の期間の最終日と信じていたため、昭和61年10月22日に間にあうように書類をタイピングし、同日、本件審判請求書を特許庁に提出した。

(二)  ところで、特許法121条2項に規定する「審判を請求する者がその責に帰することができない理由」については、従前極めて厳格な解釈が行われ、天災地変ないしこれを類する事態に限つてこれを認めて来たように思われる。したがつて、本件におけるような、審判請求人の代理人の事務補助者の過失に起因する場合であつても、審判を請求する者の責に帰することができない理由には当たらないとされて来ている。しかし、このような解釈に対しては、従前から厳格に失するという批判も行われて来た。しかも、最近のように工業所有権関係事案の大量化、国際化と、これらに伴う弁理士事務所の実務の変容、とくに多数の事務補助員を要する実情に鑑み、このような事務補助員の過失に起因する巳むを得ない期間経過は救済されて然るべきである。

なお、これに関連して、ヨーロツパ特許庁の審決においても、出願人である公認代理人の事務員で「口授された文書タイピング、手紙、小包の郵送や定められた期間に注意するなどの定型的な仕事を事務員に任せている場合、出願人又は代理人の場合に考えられるのと同じレベルの注意に対する厳格さを期待できない」とし、このような事務員の過失に基づく期間の不遵守を救済している(ヨーロツパ特許庁法律抗告審判廷審決、1981年7月7日、J05/80国際特許法務研究会編EPO審決集、第2巻、22以下)。この審決の趣旨は、その後の審決においても踏襲されている(ヨーロツパ特許庁技術抗告審判廷審決、1985年4月16日、T191/82前掲書第9巻128以下は、前記1981年7月7日審決を援用してこれを踏襲するものであることを明記している。また同庁法律抗告審判廷審決、1982年7月23日、J07/82前掲書第3巻き48以下も、同様の趣旨によるものと思われる)。このようなヨーロツパ特許庁による救済例は、偶然的な単発例ではなく、前述のような、工業所有権関係事案の大量化、複雑化、国際化と、これらに伴う弁理士(公認代理人)事務所の実務の変容、とくに多数の事務補助員を要する実情に鑑み、ヨーロツパ特許庁においてその救済措置に出たものと解される。上記のような実情は、わが国においても同様と解されるので、救済の措置が行われるよう求める。

第三請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。

二  原告主張の審決取消事由は失当であり、審決には違法の点はない。

特許法第121条2項にいう「その責に帰することができない理由」とは、天災地変のような客観的な理由に基づいて手続きをすることができない場合のほか、通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払つてもなお請求期間を徒過せざるを得なかつたような場合をいうものである。しかるに、本件審判請求の場合、日本国において、その特許を得ることに関する一切の手続きをなすべき権限を与えられた特許管理人に、審判請求期間内に予期せぬ事故が生じたわけではなく、単に原告側の内部事情があつたにすぎないものである。このような事情は、「その責に帰することができない理由」には該当せず、原告の主張は理由がない。

なお、原告は、ヨーロツパ特許庁の審決例を挙げ述べているが、それが日本国の特許法に影響を及ぼすものとはいえない。

したがつて、本件審決には、何ら違法とするところはない。

第四証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一、二に事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、日本国における原告の代理人弁理士三宅正夫は、本件拒絶査定を不服として本件審判を請求したが、右拒絶査定謄本の送達日が昭和61年7月23日であり、本件審判請求の最終期限は同年10月21日であるのに、同代理人が本件審判の請求をした日は同年10月22日であるから、本件審判請求は、上記決定期間経過後にされたものであることは明らかである。

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

特許法121条2項にいう「その責に帰すことができない理由」とは、天災その他避けられない不測の事故のほか、同条の審判を請求する者又はその代理人が通常用いると期待される注意を尽くしてもなお請求期間の徒過を避けることができないような事由をいうものであるところ、原告の主張するところは、要するに、本件の拒絶査定謄本の送達を受けた日本国における原告の代理人弁理士三宅正夫の事務所の郵便物の受領事務を取扱つている事務員が、拒絶査定に対する審判請求の期間計算を誤つたというに止まり、そのような事情は、前記「審判の請求をする者又はその代理人が通常用いると期待される注意を尽くしてもなお請求期間の徒過を避けることができないような事由」に該当しないことは明らかである。原告の引用するヨーロツパ特許庁の審決例は、本件に適切でない。よつて、期間徒過を理由に、原告の審判請求を却下した本件審決に違法の点はなく、これが違法であることを理由にその取消しを求める原告の請求は理由がない。

二  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝川叡一 裁判官 牧野利秋 裁判官 木下順太郎)

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